白い巨塔(山崎豊子・原作)が神作すぎる

名作解説シリーズ。今回は山崎豊子原作の白い巨塔です。

2003年の唐沢寿明さん主演作について解説します。

 

こんにちは、億人です。

こちらのブログでは同じく山崎豊子先生が原作の
不毛地帯華麗なる一族についてもレビューしてきましたが

今回は2003年の平均視聴率25%となった大ヒット作
白い巨塔についてです。

 

僕は常々、名作研究というのを1つのテーマにしており
白い巨塔は避けられない名作ですので
ぜひ一度見ていただきたいなと思って
こちらのレビューをしていこうかと。

白い巨塔あらすじ

白い巨塔は一言で言うと

「大学病院における政治的な争いと、

医療ミスにおける人間の愚かしさ」

などをテーマにした医療ドラマです。

 

白い巨塔は

大阪大学医学部をモデルにした

浪速(なにわ)大学医学部の教授に

主人公・財前五郎をはじめとした助教授のうち
誰が教授になるのか?を争う戦い

その後の医療ミスにおける
主人公・財前の立ち振る舞いなどや
衝撃的な最後のシーンにいたるまで

人生を考えさせられる作品です。

 

ここからはネタバレしながらご注意を。
そして見どころを解説していくので、
ちょっとでも興味を持った方はぜひ作品に触れてみてください。

FOD(フジテレビオンデマンド)で見ることができます。

月額費用払ってでも見る価値ありありです。
2000年代を代表する作品であり、非常におすすめ。

白い巨塔の登場人物

まず、登場人物について簡単に説明しておきます。

めちゃくちゃ出てくる人多いんですが
ドラマにおいて最も影響力を持っている人物を数名挙げておきます。

一人一人のキャラクターの病院内での出世したいという思いや、患者のためになりたいという思惑、

どういった価値観・正義感を持っているのか、最終的にどんな立場や役回りをするのか?を知るだけでも、めちゃくちゃ面白いです。

それぞれの人物の移り変わりのストーリーをまずはお楽しみください。

財前五郎(演・唐沢寿明)

本作、白い巨塔の主人公。国立浪速大学の第一外科助教授。

次に紹介する教授・東貞蔵に8年師事していて、
間もなく定年退官を迎える彼の後任教授になると誰もが思っている。

しかし、外科医としての手術の腕は天下一品で誰もが認めるものの
野心家のため、東教授からは「教授としての品位に欠ける」と危惧されている。

そのため外部の大学から教授候補を呼ぶなど、本編において教授戦が勃発する。

教授戦においては、義父であり、産婦人科の開業医でもある財前又一(五郎は婿養子に入っている)から実弾(金)を預かり、また有力者による根回しのもと、大学病院内での教授専の票集めに奔走。

 

前編(1〜10話)では教授戦に勝ち、助教授から教授に成り上がる過程を、

後編(11話〜最終話)では教授になるも、国家支援を受けたがんセンター長になろうとするも、誤診により裁判になったり、自身の肺がんの発見が遅れ、闘病生活ののち病死するまでの生き様が描かれる。

 

貧しい家庭に生まれ育ったため、お母ちゃんを楽させたいという思いで、野心家な医師として国立大学病院の教授になろうとするその姿には、考えさせられるものがある。

ただ自分の利益を追い求めるだけの人間としてではなく、貧しく育ったがゆえの野心。教授にならなくては意味がない、という脅迫観念を持ち、
旧友である里見に土下座をしたり、なれない政治で鵜飼教授に近づいたりするなど、権力を手に入れるためには手段を選ばずに生きる姿や、
肺がんが脳転移してメスが持てなくなったものの、最後の最後まで医者としての矜持を保つ姿には、現代人が忘れかけている生きることへの執着心を思い出される。

物語後半の裁判では、同じ大学病院の後輩に罪をなすりつけるなどして、とんでもない医者として描かれるが、それでもなお憎みきれない魅力が財前五郎には、ある。

東教授(石坂浩二)

国立浪速大学の第一外科教授。里見と同様、財前五郎への二項対立的なポジションで登場する。

退任間近のため、後任教授を選ぶ必要がある。財前のいる外科の教授であるが、財前の野心的な部分が気に食わなく、教授にしていいか迷う。

そのため1〜10話までのメインストーリーとなる教授戦が勃発。最終的には財前とは決裂し、別の大学の助教授を推薦するが、財前が教授になり、最後には和解しようとするも、財前のオペのため挨拶もできず。

ちなみに財前は東教授を嫌うため、わざとこの日にオペを入れた。またこの時の手術が、結果的に誤診のような結果となり、後編における医療裁判の引き金となる。

財前とは物語前半では仲違いするものの、いざ財前が教授となり、東教授は退任し、別病院の院長になると、憑きものが取れたかのように、清々しい表情に。

最終的には財前の肺がんのオペを頼まれ、東教授自身が執刀することに。

里見脩二(江口洋介)

主人公、財前五郎の学生時代からの友であり、同じく浪速大学の内科医。助教授。

財前五郎とは違い、野心ではなく、医師としての正義感が強く、大学病院内における政治などには一切の興味がなく、患者ファーストの医療を行う男。財前五郎への二項対立的なポジションで登場。

財前の野心家な一面との対比構造となるもう一人の主人公。お互いに価値観は合わないものの、財前の手術の腕前には全幅の信頼をおいていて、お互いに一目置くような間柄。

正しいことは正しいのだから、正しいことを押し通す。まさにこのような男であり、それゆえに保身に走る財前や鵜飼教授とは幾度となく衝突する。

物語の終盤、財前が自らの体の異変を感じた時に、最後に頼りにしたのが、やはり里美であった。財前は自分の正確な病状を周りの人から聞くことができず、里見に相談。深夜に里見が働く病院にて診察を受ける。

結果、肺がんが脳転移しており、手遅れの状態としる財前。

「ただ、、、無念だ」と道半ばで逝く財前にとって、その気持ちに寄り添ってくれる里見の医師としての姿は後世に語り継がれる名シーンです。

鵜飼良一(伊武雅刀)

国立浪速大学の第一内科部長であり教授。

俗物的で、出世したい欲が高く、煮ても焼いても食えないおっさん。

 

最終的に浪速大学学長にまで上り詰める。

権威主義で、政治に強く、また金品による賄賂には弱い。

財前に教授戦において接近され、気になっていた絵画を贈呈されると、裏で財前を教授にする根回しをする立場となる。

財前に一肌脱いでいたら、自分が学内での立場が強くなる。という思惑のもと、奔走する。

 

最終的に財前は教授となり、一定の関係値を築くが、最後の最後、財前五郎が病床についている際には、ヘラヘラとすり寄るが

朦朧としている財前に「出ていきたまえ」と一蹴される。

思いではなく利害だけでつながる人間関係の脆さを表現している一方で、鵜飼が最終的に学長まで上り詰めるというストーリーからは、白い巨塔というタイトルに旧態依然とした大学病院のあり方への皮肉が込められていると伺える。

大河内清作(品川徹)

里見を最強進化させたような存在。大学病院の誰もが頭が上がらない存在。

病理学科教授。鵜飼の前任であり、現在は地位では鵜飼や東に劣るものの、その存在感は圧倒的。ワンピースのレイリーのような、出てくるだけで場の空気感を一変させるほどの重厚感あるキャラクター。

基礎講座の取りまとめも行っているため、財前や里見とも彼らが学生だった頃から面識がある。

学内の政治争いとは距離を置き、派閥もないため、教授戦において選考方式を公募による選挙とするなど、大学病院の教授のあり方に一石を投じる。

一方で政治にうとく、病院内で不利になりやすい里見の面倒をよくみる一面も見せる。

財前はこの何者にもなびかない大河内先生に対して、苦手意識を持っているが、最終的に病死してしまった際には、自身の解剖を遺書にて依頼するなど、全幅の信頼を置いている稀有な存在。

財前又一(西田敏行)

財前五郎の義父。大阪で産婦人科を開業している。

開業医として成功しており資産家にはなっているものの、大学病院の教授になれなかったこと、つまりは名誉を手に入れられなかった悲願を、財前五郎という優秀な婿養子を通して達成しようとしている。

「ええか、人間、金ができたら、名誉が欲しなんねん。人間の究極の欲望は名誉や。名誉ができたら金も人も自然についてくるけど、金はどこまで行ってもただの金にすぎん。」

「今も昔も、世の中”実弾(金)”やーいうこっちゃ」

という名言もある。

一方で財前五郎が病床に伏して、余命いくばくしかなくなった時であっても、その身を案じるなど、実の親子以上の絆で結ばれていた部分もある。

白い巨塔見どころ

白い巨塔の見どころについて、です。

ぶっちゃけ、見どころありすぎるんですが
いくつかハイライトを書いておきます。

単純ではない教授戦。財前と東教授との確執。

物語前半は、財前五郎を取りまく教授戦をメインに進みます。
権力がほしい財前吾郎。それをサポートする義父の財前又一を中心に、それに鵜飼が巻き込まれていきます。

一方でその野心に対して疑念を持っている東教授は、素直に謙虚に教えを請わない財前を面白く思わないために、外部から教授候補を連れてきます。

8年間も東教授に尽くしてきたのに、なんたる仕打ちなのか。と財前は反発。二人の関係は決定的に、決裂しまいます。

財前は最終的には、東教授ではなく、鵜飼教授に取り入ることによって、教授戦を制します。

ここでの見どころは、一筋縄ではいかない教授戦と、それぞれの正義感、思惑のぶつかり合いです。

確かに主人公は財前五郎ですが、それと同じくらいに東教授や里見の正義というのも、ある。
どっちが正しい、ではなく、どちらの立場もわかる。というシンプルな勧善懲悪ではない物語が、現実社会を反映していて、リアリティを増します。

教授戦における政治

教授戦においては大きく分けて、財前五郎を推す一派と、東教授の推す外部大学の助教授を推す一派が存在しており、このぶつかり合いが起きます。

財前五郎はまず、財前又一という後ろ盾を結婚によって手に入れたことで、その財力を教授戦において使うことができるようになります。これは非常に大きい。

又一も自身の名誉のために、財前五郎を教授にしたい。と思っており、完全に利害関係が一致しています。

この又一の政治力、人脈によって、鵜飼教授と親密になり、最終的には高額な絵画を鵜飼家にプレゼントしてそれを納めてもらうことで、取り入る。いわゆるワイロみたいなやつですが、これが強力。

最初は学内での見え方などを気にしていた鵜飼ですが、プレゼントを受け取って以降、財前を押すことを本格的に決意し、票集めに奔走します。鵜飼としては財前が教授になって恩を売っておくと、後々自分が出世したい時に役立つとの思いから動くわけです。

利害関係のみで繋がっている関係ではありますが、最終的には学内に大きな影響を持つ鵜飼の影響力によって、辛くも教授になる財前。

一方で東教授は自分の教え子である財前を推さず、外部の助教授を推した結果、敗北。

最後の総回診では、かつてのように財前教授やその部下たちの存在はなく、たったの五人での診察。なんとも寂しい状態になります。

このように大学病院内の教授戦の前後という1つの世界での権力の移り変わりと、金で簡単に動いてしまう人間の愚かしさなどが表現されているなかで、何が正義なのか?自分にとっての生き方とはなんなのか?を問われる作品となっています。

医療ミスと知る権利とアウシュビッツ強制収容所

後半においては教授になった財前が、実は医療ミスをしていたのではないか。という裁判に焦点を当てたストーリーが展開されます。

まず、ことの発端は、教授戦前、同級である里見が大河内先生の推薦する、がん市民講座で講演をしたことにさかのぼります。

そこで出会った佐々木庸平という患者が最終的に亡くなってしまうのですが、
手術前に、里見や、新人医師の柳原弘はレントゲンに肺への転移らしき影を見つけ、財前に精密な検査を提案するが、手術を急ぐ彼はこれを見間違いと一蹴します。

また財前は、不安から手術同意を渋る佐々木夫妻に手術以外に方法はないと冷徹に同意を迫り、夫妻も最後は押し切られ同意書にサインする。

このあたりが後々禍根となり、民事裁判になります。

 

そもそも財前は手術を急いでいたわけですが、それは年明けにワルシャワで行われる国際外科医学会の総会への参加及び、公開手術の依頼が来たためであり、年内に手術を終わらせておきたいという思惑がありました。

また、東教授の最後の総回診もありましたが、財前はさんざん教授戦でいじめ抜かれたと考えていたため、その出席を拒否。その欠席理由として”手術が入っているから”という大義名分を作るため、佐々木洋平の精密な検査を拒否したのでした。

元はと言えば、財前が東教授と決裂したこと、里見が大河内教授の提案を受けたこと、講演をしたこと、国立大学の医師として患者に寄り添うのではなく自らが最適解であり効率的な手段と考える方法をなかば押し付けるようにして患者に納得させたことなどが重なり、最終的に佐々木庸平は術後、亡くなります。

そして国立大学教授になった直後ではあるものの、裁判に持ち込まれるのです。

 

一方で財前はポーランドのワルシャワでの公開手術を成功させるなどしたのち、アウシュビッツ強制収容所に立ち寄り、そこで命を救うはずの医師によって大勢の者が殺されたと説明を受ける。

「私は医師です。人の命を救う仕事をしています。殺すものの気持ちなど分かるはずがありません」と言う財前。

しかし皮肉にも、帰国後、財前は空港で佐々木の息子に「父はあなたに殺された。あなたを許さない」と告げられる。

 

まさか命を救い続けてきた自分が、人殺しだと言われるとは、つゆとも思ってなかったはずです。

最大公約数的に、人の命を救う。結果として佐々木庸平の命は失われただけだとして、徹底的に遺族と裁判で戦う財前。しかしその中では大学病院内での口裏合わせや、部下である柳原に対しての裏切りなど、ありとあらゆる策謀をして自身の立場を守ろうとします。

ここから命の尊厳や、手術前にちゃんと知る権利について深く考えさせられる作品となっていくわけです。

財前の死

そして最終的に裁判では敗訴し、その上で自身が執刀しつづけた、がんにおかされる財前。

彼は最後の最後に信頼できる唯一の医者として、里見を通じて、東に手術を頼み、彼もこれを引き受けます。

しかし、開胸してすぐにステージ4の末期癌だと判明し、何も行われないまま手術は終了する。

又一や鵜飼によって病状は隠され、財前には「手術は成功した」と報告される。

しかし、体調は優れず、術前のように思ったように指を動かせないことから、
財前は自身の脳転移の可能性を強く疑うようになる。

そして、怪しんだ財前は病院を抜け出すと、里見に検査を依頼する。

里見は財前の期待通りに診断結果を伝え、癌が脳に転移していること、また余命3ヶ月であると告知する。

そして、財前は病床に伏し、ついに息を引き取ります。

 

財前教授をもってしても、がんには勝てず。

 

単純な悪ではないからこそ、
財前なりの正義を持ってやっているからこそ、
限られた時間という資源のなかでミスが起きたからこそ、

財前が裁判に負けたり、死してしまうことに対して
人間という活動の儚さだったり、もろさというのを感じずにはいられません。

財前の遺書

財前の遺書は以下のとおり。

里見

この手紙を持って僕の医師としての最後の仕事とする

まず僕の病態を解明するために大河内教授に病理解剖をお願いしたい

以下に、がん治療についての愚見を述べる

がんの根治を考える際、第一選択はあくまで手術であるという考えは今も変わらない

しかしながら、現実には僕自身の場合がそうであり、発見した時点で転移や播種をきたした進行症例がしばしば見受けられる

その場合には、抗がん剤を含む全身治療が必要となるが、残念ながら今だ満足のいく成果には至っていない

これからのがん治療の飛躍は手術以外の治療法の発展にかかっている

僕は君がその一翼をになえる数少ない医師であると信じている

能力を持ったものにはそれを正しく行使する責務がある。君にはがん治療の発展に挑んでもらいたい

遠くない未来にがんによる死がこの世から無くなることを信じている

ひいては僕の屍を病理解剖ののち、君の研究材料の一石として役立ててほしい

『屍は生ける師なり』

なお、自らがん治療の第一線にあるものが早期発見できず手術不能のガン死すことを心より恥じる

財前五郎

いやあ、死してなお、里見と大河内先生に自分の体を預け、医学の発展に寄与しようとする姿勢たるや。

僕は「これからのがん治療の飛躍は手術以外の治療法の発展にかかっている。僕は君がその一翼をになえる数少ない医師であると信じている」という部分に
確かに手術による摘出だけではどうしようもない、という佐々木庸平の死の一件からもいろいろと財前が考え抜いた結果、こういった重みのある言葉が出てきたのだ。と思います。

元気な時はずっと、手術以外の可能性というのを閉ざしていたような部分もありましたし、里見に対して野心的ではないことを揶揄するような場面もたくさんありましたが、最終的には医者として患者に真摯に向き合う里見の生き方に感化された部分があるのかと。

白い巨塔の考察と感想

ここからは個人的な感想などを。

箇条書きで色々と書いていきたいと思います。

非常に多面的なドラマなので一言で書き終わらせれないですが、それくらい重厚感があるテーマ性の、ということも伝わればな。と。

・白い巨塔=大学病院の医局における政治活動とその愚かしさ。

まず話のスタートとなる、東教授の退職による教授戦。大学病院内外のさまざまな思惑があり、財前又一と吾郎親子による教授の地位獲得のための物語が幕を開けました。

ドラマとして、作品として見ている人間としては、興味深く見れますが、実際にこういった医療の現場で「医は算術」と言わんばかりの、金をばらまく政治活動によって、本来教授になるべき人格を兼ね備えた人が、教授になれない可能性がある。というのは問題ではあります。

とはいえ、政治というのはいかなる世界においても健在で、確かに効果を発揮する部分もありますし、それぞれの思惑によって、世の中は動いていると感じざるを得ません。

 

・財前五郎の生き様。

財前又一の娘と結婚してまで、地位を獲得しようとした財前。助教授時代から、実の母=お母ちゃんに仕送りを送るなどして、なんとか貧しい母を救おうとする健気な一面と、「教授にならなければ意味はない」と吐き捨て、権威主義に徹底し、熾烈な教授戦を戦い抜く、財前。

そして日々押し寄せる大学病院のがん患者を1人でも多く救おうとしているなかで、また東教授の退職日に顔を合わせないようにしたいという極めて個人的で幼稚な理由で、佐々木庸平にたいして誤診と早まった手術を行なったことで、最終的には名誉ある大学病院の医師であるにもかかわらず民事訴訟され、敗訴。

最終的には脳転移したがんによって、メスも握れないほどに弱々しい姿になってしまい、病床に伏します。権力を手に入れたら自分の理想とする治療ができる、と邁進してきた自分の人生を否定せざるを得ないような、敗訴とがんという経験を立て続けにしてしまった財前に、最後まで寄り添ったのは医師である里見でした。

 

・地位と名誉と実弾(金)

財前又一は自分がなれなかった国立大学の教授というポジションを、娘婿の五郎に託します。そして今まで開業医として蓄えてきた潤沢な資金を使って、大学病院内外に金をばら撒いて人身掌握をする。

これ自体は褒められた行動ではないかもしれませんが、こうした政治活動というのはどういった立場であっても重要で、結局人というのは感情の生き物です。

よくされたから、よくしなきゃな。という気持ちを持ってもらえるような存在になる。そのわかりやすい形として実弾(金)を使っていますが、別にお金じゃなくても良い。

人生で大変な時に親切にされたとか、飯が食えない時に食わせてもらったとか、そういうことでも人は恩に感じます。実弾があろうがなかろうが、人生を向上していきたい人間にとっては、この政治という手法はめちゃくちゃ重要だな。と。改めて感じるドラマです。

山崎豊子先生の作品は、ほぼ全ての作品でこうした政治活動の重要性と愚かさみたいなものを表現されておりますが、やはりそれだけ重要な活動であることを示唆されております。

 

・財前と里見という真逆の生き方の対比。

財前は野心家、里見は理想家。

財前は政治を使う。里見は政治を使わない。

財前は教授の座を狙う。里見は教授の座を狙わない。

このように違いが際立つ2人。

物語途中で財前は教授になるも、里見は左遷されてしまいます。

しかし最終的には里見ただ一人で財前を看取るなど、立場ではなく医師としての本分を大切にする里見と、お互いの無念を感じながらの別れ。

表面的な思想や行動では相いれないものがあったにも関わらず、最終的に2人の思うところが一緒であり、深くむすばれた友情を見せてくれています。

 

・究極の師弟関係。東教授と財前。

8年間、東教授のもとで助教授をしていた財前ですが、人間性に対して問題視されたり、不遇の対応をされるなかで東教授とは仲たがいします。

しかし、いざ自分自身が病床に伏し、信頼できる医師として東教授に執刀を依頼したところを見るに、大学病院内での熾烈な教授戦においては敵対していたものの、お互いの存在や手術の腕前に対してはリスペクトを持っていた。ということが伺えます。

じつは物語中盤で行きつけのクラブで教授に選出してもらいたい財前が東教授に頭を下げず、決定的に亀裂が走ったシーンがありました。

その時、東教授のことを年代物ワインにかけて痛烈に批判しました。

 

その時のセリフがこれ↓

クラブママ: あら先生、もうお帰りになるんですか?せっかく88年物の用意いたしましたのに?

東教授: 財前君に出してやってくれ。

財前助教授: 去年の物に変えてくれないか。価値のない年代物に高い金を払う必要はありませんよ、東教授。

東教授: 私はね、本物なら10万払っても惜しくはないが、ラベルだけの粗悪品には1円たりとも払いたくないんだよ、財前君。

ここは、ぜひドラマで見ていただきたい名シーン。お互いにバチバチすぎる。

高い技術をもちいて手術をしているのに、一向に自分を認めようとしない、東教授をおいぼれだと思って見下している財前。

また、いやいや、腕はいいけど人間的に問題あるやろ。謙虚になれよ。という一点張りで強情な東教授。

物語の最終盤まで二人の関係は変わることはなかったですが、最後の最後、財前の死の淵においては、財前の手術を受け持つシーンというのは、心のうちが透けて見えるような、心打たれるものがありました。

そして師弟関係において、耳障りのいいことばかり言ってくれる師は必要ないのかもしれません。東教授のように耳の痛いことを何度も言ってくれるうちに、財前が自分の襟を正していれば、教授戦もなかったでしょうし。

 

・がんセンター長になる予定だった財前が、ガンで亡くなるという痛烈な皮肉。

財前が最後、がんで亡くなってしまったのを見ると、大いなる皮肉を感じざるを得ません。

浪速大学は国立がんセンターを作っており、教授になった財前ががんで亡くなってしまうという痛烈な皮肉。

鵜飼はこれを隠そうとして、「センター長の財前ががんであると評判が落ちる」と言い、後釜を探そうとする強かさがあったり。

ドラマには出てきませんが、最終的に鵜飼は学長になりますし、こうした政治的手腕が発揮されて、のらりくらりと美味しいところ取りをするキャラクターとしてその地位を確立しています。

これこそまさに白い巨塔という感じで、1人や2人動いたところで、大学病院という白い巨塔における政治的な側面などは簡単にはなくならない。ということを示す1つの事例だな。と。

 

唐沢寿明さんの白い巨塔における名演技

言わずと知れた唐沢寿明の大出世作。

それまではトレンディードラマなどで活躍していましたが

非常にシリアスなテーマであり、野心的な主人公を演じたことで
唐沢寿明の代表作になりました。

 

財前の野心的で傲慢な、
そして腹の底で何を考えているかわからない感じが表現されています。

 

なんで財前として唐沢寿明さんがハマったか?っていうと、
これは僕の勝手な推測にはなりますが

この辺は唐沢寿明さん自身が
ご両親とあまり仲が良くなかったようで
常に満たされない思いを抱えたまま
俳優業を邁進してきたという生き様の部分が
表現にも影響を与えているのかな。と思いました。

 

詳しくは唐沢寿明さんの自伝「ふたり」を読むと
すごく背景情報としてこのドラマが面白くなるのでぜひご覧ください。

白い巨塔・表現の美しさ

白い巨塔ではいくつも
映像表現的な美しさも描かれています。

財前の髪型で、その時々の自信や覇気を表現

まず物語前半、助教授時代は好青年という雰囲気。

最初は100円のライターを使っているし、
政治も知らない、ただのいいところのおぼっちゃまみたいな財前です。

 

しかし、物語中盤、教授になってからはオールバック。

数々の修羅場を乗り越え、教授戦で東先生を倒し、
そして目の上のたんこぶだった東先生は退職する。

財前五郎が迷いなく自らの覇道を進む感じが演出されている。

 

物語終盤、病に倒れてからは髪の毛は無造作に下ろされている。

メスが握れなくなり脳転移をしていることを悟ったシーンなどでは
勢いのなさ、生命力の枯渇、そういったものが表現されています。

カクテルを振る音で、心拍数の高なりを表現。

個人的に好きなのが、年代物ワインとして東教授をディスるシーンの前のシーン。

 

久しぶりに東教授と財前でサシ飲みをしていて
東教授に頭を下げるか下げないか?が注目されるなか

東「なぜ君は素直に私に頼まんのかね。教授にしてほしいと。君が本当になりたいのはオペの助手ではなく教授ではないのかね。」

財前「頼めば、、私を教授に推していただけるのですか。」

東「そんな事はわからんよ。ただ君が本当に私を信じているのなら、なりふり構わず頼んでみたらどうだね。」

沈黙の末、テーブルに手をつき頭を下げると思われた財前。

このシーンで

シャカ、シャカ、シャカ、シャカ、シャカシャカシャカシャカ、シャシャシャシャシャシャシャシャ・・・・・

と徐々に心拍数が高鳴るのを表現。おしゃれすぎる。

 

しかし結局財前は

財前「頭を下げる、、つもりはございません!

何故なら私はなんら恥じることなく行動しており、その上で、私の実力を持って教授に選出されると確信しているからです。」

と言って、東教授の提案にツバを吐き
二人の関係は決裂するんですが、

こういったカクテル音で心臓のバクバク感を演出する、みたいな
細かな演出までこだわられていることからも、製作陣の本気が感じられます。

メスが握れなくなることで、脳転移を察知する名医・財前

手術前、クラシック音楽を聴きながら、イメトレをする財前。

物語冒頭、このシーンから始まります。

 

しかし物語後半、摘出不可能ながんがあることが東教授の執刀によって判明したものの、周囲の気遣いによって、本当のことを伝えられずに体調不良の日々を過ごす財前。

ですが彼は物語冒頭と同じようにメスを握った時に、思わずメスを落としてしまいます。

「脳転移か…」

財前は思うように動かない右手を見て、また直後にうずくまり、泣き叫びます。

一度しかない人生、教授戦という戦いを制したにもかかわらず、自分の信じた正義を貫き通すために戦ってきたにも関わらず、裁判には負け、脳転移までしたことによって、自身の進むべき道が見えなくなり、絶望し、悲しみにくれます。

財前はもともとお母ちゃんに仕送りするような心優しい人間性を持っていたものの、教授になり日々の業務や責務に追われる中でどんどん強い自分を演じるようになっていましたが、ここでの涙というのは、それらすべての鎧をぶっ壊して、素の財前に一瞬で引き戻す名シーンでした。

まとめ

まーじで面白い作品です。

社会派作家、山崎豊子先生の真骨頂とも言える
何重にも張り巡らされた重厚感あるテーマの数々。

人の命とは?
地位とは?名声とは?
政治とは?
組織とは?
名誉ある死に方とは?

さまざまなことを考えされられる一級ドラマです。

他にも旧作との比較だったり、
唐沢さんの自伝を読んでからもう一回見てみたり
さまざま楽しめる作品です。

FODで見れるので
本記事を読んで興味が出た方は、
ぜひ見てみてください。

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